私自身は介護をしたわけでも、手伝ったわけでもありませんが、祖母の介護問題を通して、私が見てきた母の在宅介護について書いてみようと思います。
仕事を持っていた母は、骨折から寝たきりになった祖母の介護を始め、デイケアサービス(当時は有料)を利用していました。家には車もなかったので、歩けない祖母を外に連れ出すのは不可能だったので、このサービスは寝たきりになってから祖母の唯一の楽しみでした。
普段、日中は祖母は独りで家に残され、ベットからテレビを見たり、新聞をみたり。これだけの生活でしたから、祖母は寝たきりになってから幸せであったかというと、客観的にみてもそうでは無かったと思います。ただ、現実的な問題として、家族のコミュニケーションすらする時間のなかった家庭では、難しかったと思います。
祖母が他界するまでの最後の二年間は、彼女の痴呆が急速に進んだ時期です。それまでは自分で這ってトイレにいけた祖母も、家のそこら中で失禁するようになりました。
父は単身赴任、大学生だった兄はアルバイトで夜遅くまで帰ってこず、受験を控えていた私も塾帰りで帰りはいつも10時過ぎになります。 仕事で疲れている母が家族のなかで一番最初に帰宅。そして家中が汚れているという事態に直面し、かなりストレスを溜めていきました。ストレスのはけ口はどうしても自然と一番弱い祖母になり、母は終に祖母に手を挙げるようになりました。
介護に限界を感じた母は、祖母を病院か特別養護老人ホームに入れるべく、受入先を探し回りました。しかし、どこもお年寄りで満員状態。かといって、このまま在宅介護を続けていけば、母そのものが参ってしまう。幸い、母はとある医学会事務局に勤務していたことから、知り合いの医師に病院を紹介してもらい、やっとの思いで介護から解放されました。ただし、その医師へのお礼はもちろんのこと、病院への寄付金もかなり高額だったと聞いています。
母は祖母が病院に入院してから、週末病院に通っていました。祖母はその病院で2年間介護をうけ、他界しました。
このように我が家は家族の精神的、肉体的限界を超えた時点で在宅介護を断念しました。これからはデイケアサービスがよりよい環境で利用でき、共働きの家庭でも在宅介護が出来やすくなっていくのでしょうか。家庭環境によって、状況は様々だと思いますが、無理な在宅介護は必ずしもお年寄りと家族双方の幸せにつながると限らないと思うのです。
医療費の削減のため、在宅介護中心のシステムは不可欠なものです。しかし、ケース・バイ・ケースで柔軟な介護をできるよう、色々な選択肢が選べる柔軟性のある介護システムが出来上がっていくことを望みます。 |